ステンドグラス制作者の「ぎやまん草子(その32)」「不戦」

私は臆病者です。喧嘩も、痛いのも大嫌いです。ですから、もし戦争が起きても、私は兵隊に行きません。卑怯者と言われようとも。
世に「戦争反対」を唱える人は多いですが、「いざとなったら従軍し、戦う覚悟もあります」と付け加える人も結構多いのです、特に若者世代を中心に。報道番組のインタビューを見ていて感じました。それが愛国心なら敬意を表しますが、一抹の不安も感じます。世界中で今なお繰り返される戦争、紛争、聖戦、内戦、テロと言われるものは、「いざとなれば私は戦う」というこのシンプルで勇敢な決意を、為政者達に利用されて起きていると愚考するからです。
貴方は私にこう問うかもしれません。「他国が土足で踏み込んできても黙っているのか。目の前で君の愛する家族が殺されても、黙って見ているのか。」
卑怯な私は、この質問をも拒否します。このような究極の状態を想定してまで、平時から闘争心を醸成させる必要など無いと思うからです。人間としての最大限のエネルギーと英知を結集すれば、このような事態になるはずがないと。よしんばそうなっても、「戦う」というオプションは考えません。
臆病者の私は、喧嘩をせずに事を収めることを何時も考えています。そして「戦争の無い世界にするにはどうすればよいか」ということも。戦争は天災ではありません。必ず「人」が起こすことです。であるが故に、「戦争をする人がいなければ、戦争は絶対に起きない」と思うのです。さらに愚策として、例えば防衛予算をそっくり「世界平和研究所」設立予算に回して、日本をして世界をリードする平和探究国家たらしめるというのは如何でしょう。日本が、世界中からもっと尊ばれ愛される国になる研究をするのです。日本にはその素地があると思います。私が好きな次の文章に、それが窺えます。日本国憲法の「前文」と言われるものです。
『(前略)日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。』
ともすると、米国から押し付けられた憲法だと揶揄される日本国憲法ですが、この文章からは戦争の悲劇にうんざりした日本と世界の人々の、不戦への強い願いを感じます。
現在世界には、アイスランドを含め25ヶ国ほど、軍隊を保有しない国があるそうです。ちなみに自衛隊は軍隊とみなされているので、日本はこの中に含まれません。 25ヶ国それぞれに、不安や苦労、自己矛盾などはあると思いますが、その国民の決意に学びたいです。

フュージング画「訶梨帝母」 鬼子母神とも言います。人の子を殺め喰うという悪習を止めて、神になる道を選びました。

フュージング画「訶梨帝母」
鬼子母神とも言います。人の子を殺め喰うという悪習を止めて、神になる道を選びました。

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