ヨーロッパ・ステンド紀行 3 (4月12日)

 レンヌの2日目。この日は小雨です。車輪がついているとはいえ、石畳をスーツケースを転がしていくのは重労働です。それでも貧乏人の僕らはメトロ(地下鉄)と徒歩で、サン・ピエール大聖堂へ行くのです(スーツケースに持参したゴミ袋をかぶせ、傘片手によたよた歩く姿は、情けないものです)。

石畳の坂道、しばし休憩
 1844年完成したと言うネオクラシック様式の大聖堂は、円柱の柱が林立する重厚なつくりでした。

ゴシックではないので、天井はゆるいカーブを描いています
 お昼過ぎ、国電で南下し、ロワール川河口の大都市Nantes(ナント)へ。ナントは、宗教戦争を終わらせた1598年のナント勅令で有名ですね。ここは、18世紀に奴隷貿易で巨万の富を得た街でもあります。
 ここで行くべきところは、ナント勅令のブルターニュ大公城と、サン・ピエール大聖堂です。両方行きましたが、とにかくどちらも規模がでかいです。

ブルターニュ大公城の堀で休憩
 ゴシックの大聖堂、サン・ピエール大聖堂は、戦災でステンドの多くが消失し、今は近代的な幾何学模様のステンドが多く入っていました。


前衛的な幾何学模様のステンド
 この日の宿泊は、マダム・ミレイユ宅。本人が仕事で留守なのに、鍵を借りて勝手に荷物を置き、勝手に観光のベースキャンプとして使いたい放題でした。それと言うのも、妻が1年間ホームステイしていた旧知だからです。
 素敵なマダムは、芸術と社交、お洒落とアンチエイジングに余念の無いパワフルな人。そのくせ、倹約家で、室内は照明が乏しく薄暗く、トイレは数回ごとにしか流してはいけません。もっともフランスは水が貴重なので、シャワーなど厳しく制限している家庭が多いようです。

常に恋愛していて、今も現役。夜遅くまで恋愛談に花が咲きました。

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